5 days ago
#ysmc よこはまソーシャルメディアクラブ設立
よこはまショーシャルメディアクラブが先日設立を宣言しました。先に出来た、首都圏ソーシャルメディアクラブと類似の理念・仕組みで人が集まる「旗」が立った訳です。あえて階層化しないでフラットでオープンで緩いけれども、熱いあつまりが出来そうな予感です。
極近々、数人でさらにビジョンを確認するような会合が開かれることになり、そのあと小さなイベントを予定してゆきます。
首都圏ソーシャルメディアクラブの「UST塾」と同じ枠組み(講師-生徒型でない相互教授型、知識と経験の共有型)のUstreamの勉強会を準備されてゆくでしょう。参加すると、缶バッチがgetできるというような仕組みを組み入れようということになってきました。首都圏ソーシャルメディアクラブ、よこはまソーシャルメディアクラブ、おそらくこの後連鎖的に出てくるいくつかのソーシャルメディアクラブでUSTの勉強会をするときに共用でだせるバッチの作成が、具体的タスクの一つに入りました。
非排他的(複数の枠組みにどんどん入ってくださいという方式)でフラット(地域から地方という階層は考えずに、「よこはま」の横に「かながわ」(すでに準備最終段階)や、「さいたま」(準備最終段階)などがどんどん出てきてフラットにお互い交流できればすばらしいと思います。もちろん、首都圏ソーシャルメディアクラブも、パラレルな位置から応援し相互参加し行きたいとおもいます。
また、全国規模の連携の仕組みもあると良いと思うので、それも今後とも目指して行きます。おそらく、ポイントは「組織型」ではなくて「旗型」の枠組みだと思っています。小さな組織よりさらに小さな旗を立てるという発想で動いて行きます。
地域を越えて共通の問題や興味、地域内に限定されるもの(でも実は他の地域で類似のことがらを持っているところがあるので)については、連携することで活動の意味が大きくまして来るとおもいます。また、旗型の活動は覇権闘争や、有名人による逆利用が起きるなどのことは防げると考えています。色々な職業・立場のひとが、市民の立場で集まって活動してゆくことこそが、ソーシャルメディア活動だと思います。
“Share”と”Socal”という二つの概念を理解するということが、大変に大事だと思っています。さて、「よこはま」大きく育ちますように。
1 week ago
2 weeks ago
2 weeks ago
#msmc #tnk 【RT希望】災害時のソーシャルメディアの役割
こういう機会で、一市民としてソーシャルメディアを災害情報の伝達や減災にどう使うかという討論をして準備をしておく必要があるのではないだろうか?各地のソーシャルメディアクラブの連携も、真剣に考えて情報の輻輳やコリージョンを最小限にして、情報伝達、減災のための情報伝達を考えるのに良い機会ではないか。
ともすると、ソーシャルメディアクラブという言い訳の飲み会に終始する傾向が強いが、もっとソーシャルに動いてはどうだとう。たとえば、首都圏の人たちで少人数で良いので集まって、いろいろ問題点のあらいだしかたりを手始めに話し合ってみないか。
そして、災害時の各地から一斉に流れ出す、ustその他の情報の交通整理(タグ付け、チャンネル割、共通の閲覧プラットフォーム等々)など市民レベルで出来ることをはなしあってみませんか?
そして、そういう動きを全国規模にひろげて、連携しませんか?
関連blog—ある意味この続き → http://researchmap.jp/az4u/研究ブログ/index.php?active_action=journal_view_main_detail&post_id=2391&block_id=13531&comment_flag=1#_13531
#msmc 気になる鉛筆ビル現象
所謂バブル期にあちらこちら所謂再開発が進んだ。ある日、誰かが地図の上に線を引いたことが切っ掛けで再開発が始まったりするので、納得できない人がいたのは自然だとおもうし、自分の持ち物を売るのだから少しでの高く売ろうというのは当然な部分があった。その結果、それらの土地は周囲の開発に加わらず、そのまま残ったりあるいは自分の土地だけの底面積は狭く高さだけある所謂鉛筆ビルができあがり、現在も各地で見かける光景になった。
ソーシャルメディアが、いま一気に広がっているが、この鉛筆ビル現象にたとえられるものが起きていると思うので、このエントリーを書いている。場合が違うので、もちろん違うことであるが、どういう空気であるかが、想像できると思うのであえてこのたとえを使う。
ソーシャルメディアというのは、もちろん各自が自由に使えばいいし、その枠組みをどう活かすかも全く自由だとおもう。そのうえで、もしももっと使い方あるいは活動のしかたを工夫すればものすごい力が出ると思われるのがソーシャルメディアであるとおもう。たとえば、ある時間帯であるn人(nにん ; ある人数で人数をnと表現)が各自が持っている情報をまとめる(アグリゲートさえる)と、そこには単にn倍の情報の固まりが出来るのではなくて、別のものが見えてくる。
単にアグリゲートすることで、付加価値が出てくるような場面も高い頻度で見られるし、商業的なtoolになるし、あるいはそれ自体のノウハウをビジネスに変えて行くことも可能で、その結果今までにないビジネスが出現してきているし、まだまだ予想を超えたものが出てくるろおもわれる。
また、全く既存の枠組みに、単に扱うアイテムがソーシャルメディアになっただけという、表だけの新しい取り組みもある。もちろんそれも、問題はあまりないだろう。
さて、鉛筆ビルにたとえる現象についてだが、 「ソーシャルメディアを使って○○をしよう!」というような活動の場合に、地理的に近い地域が集まって行動するのは大変に重要だと思うが、それぞれの活動が連携して行くことがもっと重要だとおもう。残念なのは、○○地域と言いながらも商店会新興の目的でコンサルが入って活動しているので実は本当のその地域に活動になっていないし、隣接する商店会あるいは町会が一般的には別のコンサルを入れて競争している関係で連携が出来ない状態になっている。
一般のその地域の住民は、商業者でないためにその地域に活動(コンサルが受託で旗を振っている)には参加できなかったり酸化しにくく、またむしろもうすこし広い地域を基盤とした活動にしたいのに、商店会中心の活動が上から網を掛けて居るので、そうした本当に欲しい枠組みの活動に参加できない(活動自体がないということも含む)
つまりソーシャルメディアクラブ活動の鉛筆ビル化現象が、むしろソーシャルというものからエリアとかローカルというものにとどまってしまっている。これは、逆に言えば、それらの商店会ベースのものの連携ではなくて(それは、有償事業者が介在している限り無理)、もっと広い範囲で自由な枠組み(非排他的で、動的で、緩い)が必要だということになる。そうすれば、商店会ベースのものから漏れた人が参加できたり、逆に緩い会ですので商店会ベースのものの中の人が参加してもいいだろうし、関与する事業者が参加しても良いだろうし。。。。。 見る限り、新潟の活動、新潟ソーシャルメディアクラブ、の活動はまさにそういう感じの活動になっているとおもう。
欲をいえば、さらにそれらの活動が全国規模でさらに緩く連携してゆくと、問題を共有出来るものがでてきたり、ソユーションで共有ものが出てきたり、toolの利用技術その他で経験の共成・共有ができるものが出てくると思う。
首都圏ソーシャルメディアクラブ(msmc)という旗を立てたが、 各地の活動と緩く繋がりたいと切に願っている。
3 weeks ago
3 weeks ago
深夜、渋谷で iPhone を使って USTREAM 配信されていたそうですが、電池切れで中断。その後、ネットカフェから配信再開するはずが寝てしまい、寝姿がそのまま USTREAM で流れ続けることに。
自分の寝姿を USTREAM LIVE 配信するという前代未聞の映像が、Twitter を通じて広まり、午前5時前に視聴者が500人を超えました。
LIVE 中のストリームでは以下のようなことで盛り上がっていました。
どこのネットカフェで寝ていたのか?
手前で青く光ってるのは何だったのか?
数人が神田さんに電話をしたようだがつながらなかった。
神田さんが寝返りを打つと視聴者が一気に増える。
画面左側ギリギリに顔が映っており、寝返りを打って顔が画面の外に出てしまう。
“Start your new” と書かれている一部が隠れ、奇しくも “rt your new” に。 (RT = ReTweet)
神田さんはこの日 6時03分に起床され、約 567 人が起床の瞬間を見届けました。
»KNN神田氏、ネットカフェで USTREAM LIVE 配信中に寝落ちした姿を500人に見守られる[AL] (via exposition) (via konishiroku) (via luft2501) (via twinleaves) (via pdl2h) (via yaruo) (via komeou)
via komeou
1 month ago
1 month ago
TWITTERに於けるリスク (本編というほどではないが)
CMSで動くコンテンツの多くは、あるいはその全部だが見せ方が時間軸に沿っていないように見えるものがあるのでそれを除いて、ゆっくりとした時間軸のそって緩やかに流れている。つまり、一つ前の世代のコンテンツの性質をまだ継承している。
一つ前のコンテンツの性質を継承している結果として、コンテンツ自体の問題発生頻度は低い。しかに、逆に問題が発生すると、そのコンテンツを流し去る速度は緩やかであるので、その前の時代と同様に多くの人の批判、嘲笑、顰蹙をかう原因となってしまう。つまり、パブリッシュ後の潜在的な危機に対する対応が重要であるわけだ。
一方で、twitterを分かりやすく説明するための「一行blog」という説明が用いられる。ライフログであることは間違いないが、はたして”blog”なんだとうかということである。一瞬にして、パブリッシュされ、一瞬にしてRTされ、一瞬にして検索エンジンに拾われる(正確には検索エンジン側にTwのどのレベルかのDBのアクセス権を与えているのと同等の機能を実装)ので、一旦「呟いて」しまえば、それで終わりだ。事後に速やかに消すことが有効との考え方は、blog時代の対応であってtwitterでは「後の祭り」だ。私的写真の湧出事件を似ている状態を想像してほしい。一旦流れ出れば、加工もされ、おもしろおかしくコメントもつき、あるとあらゆる方法で広がってしまってもはや、対策はない。
Twitterでの呟きも同様で、検索エンジンのキャッシュ、画像としてキャプチャーされて画像掲示板や個人のPCへの蓄積、忘れた頃でのTwitterへのRetweet….限りなく様々な方法で撒かれ、蓄積される。
しかし、写真流出と大きく違う点がある。それは、そうした問題発言後、今までの段階では、twitterユーザーは長くその内容を記憶にはとどめない。逆に、「誰々は何回目だ」というような前科の回数みたいなものに情報圧縮されて記憶に残る。
つまり、流出写真のような形の事後の流通よりも、人物と紐付けされたIDとその人の前科が記憶されて行くわけだ。つまり、別の意味で事後対応は殆ど意味がないということだ。実際に、具体的事例に関して色々聞き取りしてみたが、この考えを裏付けする結果であった。
たとえば、SPAM類似行為で広報を行う失敗は2010年で、私が直接見た物だけですでに3件目だ。某政治家の失言・暴言は、すでに3回目。政治家の暴言、失言、他者が携帯を勝手に操作して勝手に呟いたと説明された事件などは、5人でみられた。(まだ政治家の少ない頃のはなし)、企業オーナーのアカウント、企業の公式アカウントでも同様の観察をしいるが、以外と高い水準にある。中にはnet newsにまで出た物もあるなどで、キャプチャー画像が出回っているものがある。
事後に何もしないことはあり得ないだろうが、事後対応ではダメージの最小化にはほとんど繋がらないということだ。そうした失敗をきっかけに呟くのをやめたアカウントもある。事前対応こそが肝だとわかる必要がある。
個人が遊びで使う場合は別だが、それ以外では慎重なリスク分析をしたり、そういう分析をしている所から指導を受けるべきだと言っておく。
非現実的に厳しい対応は別だが、可能な対応が二つあってどちらが大事かといえば、より厳しい方が大事なのは何事でも同じだと思うが。また、そのときにもう一方は不要とは言っていない。より厳しい方の対応をとっておけば、緩い方の対応が必要になる頻度は飛躍的に下がるのは、何事でも同じだ。
Twitterに於けるリスク (多分その前編)
最終的には、twitterに於けるリスクとかリスク管理の一端を、会社、団体、議員さん等が使う場合の話を書きたいのだが、それを書くためにはCMSが出てきたことで変わった企業のICT戦略の入り口の話をしておいた方が良いと思うのでまず書いておく。
個人だとIBM ホームページビルダー、法人だとDreamweaverあたりがweb作成の標準的なtoolであった時代が長いとおもう。その前には、手打ちタグの時代もあった。標準的な、web構築toolが天下の時代は、CMS(contents managemen system)の出現と成熟で一変した。
何が一変したのかといえば、コンテンツの起案、作成、稟議通過、htmlへの作り込み、ftpでのupという前段階のうちの稟議通過後の速度が飛躍的に上昇した。結果、稟議の取り方が一部で変わりだし、CMSに適した形に業務が変化した。その結果、起案からweb投入までの速度が革命的に変化を遂げた。そのは速さを活かしたプロモーション活動の成功例が段々と出てくると、それら成功事例がセミナーで取り上げ成れるなどして、後続のプロジェクトの発生と発展に大きく貢献してきた。
そのころは検索エンジンが拾う速度も、今と比べればゆっくりしていたので、CMS使ったwebでも危機管理は、起案からCMSでの編集までのどこかで管理できたし、そこをすり抜けても検索エンジンのクローラーが拾うまでの間ならば大きな問題は起きにくいものであった。
つまり危機管理は、情報の流出、ハッキング、踏み台の三種類ぐらいが大きなものであった。コンテンツそのものは、十分管理出来るものであった。ここで大事なのは、CMSの出現で稟議の取り方が変わったことだ。包括的な稟議というか、コンテンツ(内容)ではなく行動(CMS利用する、いまならtwitterを理表すること)にコアが移った訳だ。
さて、twitter於ける危機管理論の下地の一部は書いた。穴だらけだが、穴の部分はその辺にいくらでもある話なので詳細には書かない。次のエントリーでtwitterに関する危機管理の話の一端を書く。その主題は、内容である。失敗例を多く見てきて、そこで見た物を書く。
1 month ago
#189 薬学。。。。。。。 なんていうか
(Twitterの #2289 あたりで活動してくれるとうれしい部分もある)
薬学というなかに臨床薬学という領域があるが、医学の基礎と臨床以上の幅で薬学も基礎と臨床があるのでそういう名称がないと薬剤にしか目が向かないので必然的に使うのだが、じつは微妙な空気を持った言葉でもある。
また、「サイエンスカフェ」やら「サイエンスコミュニケ-ション」なる輸入概念があって、市民側の目線(視線)で見れば全く定着していない。そこへメディカルコミュニケーション、これに至っては異なる二つの概念が存在しているのではないかとおもう側面がある。患者さんとの対話技術(健康動機の向上等も含む)と医療技術等の理解の広報の二つの側面は、別の目的、別の技術だし、研究を行っている講座も社会医学系の中で別の部署だったりもする。でも、まあ、それがある。
薬学は、患者さんとのコミュニケーションがあるが、グロバールだったりオール日本的なものでは無く、「家元」制みたいな感じで「流派」的なものであるように見える。おそらくまだ「先駆者」と看板をもらった人だけが社会的なあるいは分野内の地位を形成しているからだとおもう。
しかし一方で、誤った副作用情報は光の速度で走るのに、正しい情報は徒歩の速度でしか走らない状況があって、「副作用のない(全くない)くすり」とか「副作用が嫌だから薬より健康食品」とか不思議な方向があったり、逆に「」風邪を引きそうなので風邪薬」「(医師の判断でなく)化膿しそうなので化膿止め」という不思議な儀式が定着してもいる。
薬を悪者とする空気と、薬を過剰に使う空気が共存し、最後に原則1剤成分の医療用の有り様を説明せずに剤数からだけで「薬漬け」というと、市民がその言葉に反応してしまう。上手く薬を使う、必要なときに最小限度の薬を専門家の関与で安全性と有効性を高めて使うという方向に向いてこない。通販がなぜ悪いんだという浅い考えと自己利益のために市民をあえおる浅い考えの経営者とそれに拍手とおくる市民。
患者さんの気持ちが一番なのであるが、そこに様々な方向からのアプローチで疾病を予防し、検査し、治療して行くときに、薬剤が一つの選択肢を与えてくれることは間違いない。そうした、薬剤を提供(創薬、製造、流通)させて行くときに医学、薬学、あるいは倫理その他他分野の人がものすごい努力をしていることに考えを馳せてもらえない。
「ああ、こんな程度なんだ」と愕然としてしまう。愕然とするのは、結果に対して愕然としているのであって、「がんばってるよね」って声をかけてくれという話ではない。どうして、この程度にしか理解してもらえていないの、どうして叩く対象にしかならないとということに悲しみを感じている。
薬学関係者が、「薬くそばい」で生きているわけはないので、生産年齢の人生の大部分をかけて裾の裾の裾の方かもしれないが基礎の石積みの下に敷く砂の一粒一粒を運ぶ程度かもしれないが、せっせと頑張っている。現在それをこえる効率的な手法がないから、現在あるもっとも効率的な方法で努力しているし、より効率的な方法も常時探索している。
それでも、まだ低い評価しかない場合があるのは、薬に関する市民講座みたいなものが不足しているのだろうか。医薬品抜きの医療が成立しないことは確実だし、適切に使用しなければ有害作用が出るのも確実、また極低い頻度で有害作用が起きるのもある部分では不可避、だからこそ専門家の関与が必須なのだが、専門家の関与は不要、あるいは専門家不要の流れで、医薬部外品の大幅増加、登録販売士制度で一般用薬品の2/3のカテゴリーは事実上薬剤師の関与から離れた。(元々あった薬種商制度も経過措置ののち消滅する)
消費者は、安全な薬物治療が欲しいのか、安易でリスキーな薬物治療をしたいのか、その両方という矛盾したあたりが現実と見えるが、不思議な旗を振っていないか。要は、薬学関係者の市民の理解を高める働きは全く不足だったと言うことか。
書ききれないのでやめる。時々書くか、別の枠組みが必要と思うので別の枠組みで。。。。。という予告編として書いておく。
1 month ago
#az4ui 【AMNブロガーミーティング】 App2Me (リコー)
(写真は別postで掲載予定) 1月28日 実は初めてのbloger meetingに参加。さすが、みなさんすごいと思いながら「楽しく」盛り上がってきました。我がグループ4人は熱心すぎる質問で巻きが入りながら、体験もしてきました。同席させていただいた、blogerさんこれを機会に今後ともよろしくです。
会の主役は、Richoの複合機イマジオに向けて提供が開始されたウェジェットである”App2Me”。そもそもウェジェットっってなんなんだいっていうあたりでも、話が盛り上がりました。この場合に限っていえば、画面の壁紙上に置かれるボタンで、そのボタン一つが一つの機能になっていて、ボタンで詳細に条件設定をshじた上で、ネットワーク上にある複数のイマジオのうちそのときに空いている、あるいは都合の良い一台に所定の仕事をさせよというわけです。
今までだと、端末で人の眼を背中に感じ、焦りで手に汗をというようような状況で複合機の設定をしていたわけですが、App2Meだと自席でじっくり設定ができるというだけでも優れものです。それが、driter driverの形態ではなく、壁紙上のボタンであるために複雑な機能を使いこなすための敷居が大変に下がったのは確実なものだとおもいました。
明日は iPhone Ustreamユーザーのイベント with @ksorano+スペシャルゲスト の末席に加えてもらいに出かけます。( 1/29 #nsmc と 1/30 #ngtsc でも そらのさん ごいっしょさせていただきました。1/31も同じ会 )
App2Meの話題は数回に分けて、写真も交えて書いてゆきますので、時々 apogee.at をご覧ください。
説明 :
App2Me : ウェジェット型複合機活用アプリケーション
ちょっとオフレコで(笑)
実際、あの複合機のコントロールパネルってどこの会社も機能が多い分り難くて、あまり人がいないとき(じゃまにならないタイミングで)なんとなく迷路をさまよう感じでいじっていたので、App2Meは新鮮でしたよ。「やればできるじゃん」という感じです。実際、会場でもそういう声が上がっていました。
1 month ago
リコー App2Me
「App3Meが変えるオフィスの複合機の可能性」(AMNブロガーミーティング)に昨夜参加しました。今日明日新潟に行くので、移動中にかけたら移動中、それが終わらなければ日曜日にUPします。
リコーの複合機イマジオ、複合機、を社内PCから簡単に使えるようにするための、ウェジェットの提供が始まったことで、お披露目の会という感じであった。続きは、このblogにて!
では。。。。
1 month ago
今夜は、AMNのブロガーミティーングに出かけます
アジャイルメディア・ネットワーク(株)の「App2Meが変えるオフィスの複合機の可能性」ブロガーミーティングに今夜出撃!
このblog( az4u.jp ad hoc http://apogee.at/ )のブロガーとして参加です。ちょっと自分自身はブロガーという言葉は、しっくり来ないのですが。
天気が心配でもあるのですが、ちょっと楽しみです。天気の方は #tnk タグを見ながら出かけます。( #tnk タグの説明は http://bit.ly/7BwuRO )でご覧ください。


