2 years ago
観点(話の主題)を変えよう
「twitterをやっていない / やっている」という観点は、それはどうでも良くて、時代の臭いに敏感かどうかではないか?Twitterでない他の枠組み方が活用しやすい人もいる。枠組み自体に興味のある人、枠組みを使う人、あるいは枠組みに使われるひと、色々です。枠組みも色々です。
TwitterはガートナーのHype曲線の何処にいるのかという観察は大事だと思う。どちらかというと、キャズムという語は刺激的だが現実モデルの説明には合わない。Geoffrey A. Mooreの考え方の”chasm”という語を当てたことと、数値化して表したことは分かり易く現実とも整合性がある。AUCをその技術の利用者の積分値(累積値)ととらえて、あえてchasmは無視して、hype曲線で考えると現実をさらによく説明しているとおもう。そこへ、chasmという言葉を用いると、イメージを可視可(見える化)の部分で分かりやすくはなる。(あの画が一人歩きしているのは、情報としては誤って入るのではないか)いま、Mooreを精査するために読んでいる。
話が大きくそれてしまったので戻す。時代の臭い、つまり自分の外的環境を嗅ぐ感性が大変重要かと思う。「Twitterをやらなくてはいけない」「Twitterを知らないのか」「Twitterやっています」という会話は、実は空虚ではないか。臭いを嗅いでいるか、嗅げていないか、嗅ごうとしているか、というあたりが実は大事なのではないか。
外的環境を活用したり、外的環境を早めに知って内的環境をそれに合わせて行くことで快適さを得よとか、あるべき方向性はそこだと思うので、入り口と出口を逆にしたような会話、冒頭に述べたような会話、は空しくないか。
有名人が、知名度をさらに上げたり、先進性を示すために使われる会話を、自分に適応するのは間違いではないか?ちょっと最近の空気、一考が必要ではないか。空気を読むという感じではなく、空気を嗅ぐ(読むよりも感度を上げることが必要)が必須ではないか。
